辛かった体験を”寛解”させたい

自己紹介

自分の苦しかった経験を”寛解”させたい。

 発達障がいがある娘を育ててもうすぐ30年。まだ「発達障がい」という言葉があまり知られていなくて、まだ、特別支援教育ではなくて特殊教育で、通級もなくて、もちろん学校や世間の理解もない中で、どんな風に過ごしてきたのか。

 あの時の困っていた自分に、今の自分なら「どんな風に声をかるのか。」「アドバイスできることがあるとしたらどんなことなのか。」を考えながら書いていきたいと思っています。

 そもそも、どうして30年もたとうとしている今、ブログを書こうと思いたったかというと、それは、月に1回のカウンセリングに向かっている、車の中での娘の「ひとこと」がきっかけでした。

「自分と同じように困っている子の相談にのっていると、自分が癒される。」

 娘は、昔の自分と同じような困り感をもっている人、具体的には「担任の先生に全く理解してもらえず学校が怖い。」という人とネット通じて会話をしていたようです。「自分も同じ体験があるので、その子の苦しみや悲しみが手に取るようにわかる。」と言っていました。そして「自分が何とか過ごした方法を伝えて、その人が少しでも楽になると本当にうれしい。」とも言っていました。

 私が、子育てに苦しんでいた時、カウンセラーが「つらい経験が癒されるまでには、何回も何回もその話を共感して聞いてもらうことが必要。1000回くらい聞かないとだめだよ。」とアドバイスをしてくれたことがあります。

 確かに、娘はカウンセラーさんやたくさんの人に支えられて、自分なりの生活をしています。でも、娘の「ひとこと」を聞いた時「つらい経験が、自分の中の豊かな経験の1つにかわることを病気が治ることに例えて“寛解”とするならば、それは同じ苦しみを経験している、だれかの力になった時ではないか。」と感じたのです。

 30年がたとうとしている今も、まだ不安や悲しみはたくさんあります。でも、そろそろ私も自分の体験を“寛解”させたいと思いこのブログをつづることにしました。

 昔の私のような思いをしている誰かの力になれたら幸いです。

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